2025年2月に行われた早稲田大学高等学院中学部の国語の入学試験問題について研究しました。練馬区上石神井にある早稲田大学附属の男子校です。

このブログでは早稲田中学校のところで詳しく書きましたが、東京都内にある早稲田大学の附属校はこの早稲田大学高等学院・高等学院中学部だけです。早稲田実業、早稲田中学校・高等学校は系列校ということで、経営母体が違います。とは言え、早稲田実業からほぼ全員が早稲田大学に進んでいます。また、早稲田高校の2025年度卒業生のうち75.8%が早稲田大学に合格しています。早稲田高校からは東大にも毎年30人以上の合格者を出しており、他大学への進学にも強いです。早稲田中学校・高等学校も早稲田大学高等学院・高等学院中学部と同様、男子校です。したがって、東京都内の早稲田大学の附属校、系列校で女子が受験できるのは早稲田実業のみです。

●選択肢のある問題では、はっきり間違いとわかる選択肢が少ない

大問一は戸谷洋志の説明文「悪いことはなぜ楽しいか」からの出題です。

問一は漢字書き取りと読みです。

問二は慣用句の知識を問う問題です。

問三は本文中の空欄に入る接続詞を選択肢から選びます。空欄Bの後に書かれていることは前に書いてあることをまとめていますので、「つまり」がふさわしいです。空欄Dはよく考えて選ぶ必要があります。逆説の接続詞でもよさそうなのですが、「注意が必要です」と続いて、さらにその後が「放棄したわけではありません」となっていますので、注意が必要なことは変わらないのです。正反対のことを言っているわけではありません。「ただし」のほうがふさわしいとわかります。

問四は傍線①に「それは自己中を部分的に放棄することを意味します」とありますが、どういうことか選択肢の中から選びます。この問題の選択肢がなかなかわかりにくいです。直後に「この提案に従ってしまったら、もう自分が飲みたいときに水を飲むことは出来なくなってしまうから」と書いてあります。「この提案」とは、前の段落にある「みんなでルールを決めて、そのルールに従って順番に水を飲んでよいことにしよう」というものです。ところがこの通り書かれている選択肢はありません。「飲みたいときに水を飲むことは出来なくなってしまう」を言い換えている表現をしている選択肢を選ぶことになります。

問五は傍線②に「こうしたプロセス」とありますが、どういうことか選択肢の中から選びます。アには「思想家」とありますが、思想家は出てきません。「権力自体の意味合いが変化して」という説明もそぐわないです。エはまったく違います。イとウのどちらかで悩むかもしれませんが、イにあるように初めから権力者がいるわけではありません。ウにあるように、争い合っていた人々の中からルールを決める権力者が出てくるというプロセスです。 

問六は傍線③の「倫理」と同じ意味で使われている語句を本文中から五字で抜き出します。この問題は「倫理」と同じ意味の語句を探すと見つけにくいでしょう。問題文の内容をよく理解していると印象に残っているのではないでしょうか。最後のほうに出てくる「善悪の観念」です。どちらも社会契約によって生まれてきたと書かれています。

問七は文学史の問題です。宮沢賢治の作品を選択肢の中から2つ挙げます。

問八は傍線⑤に「非常に強烈な絶望感に襲われてしまう」とありますが、それはなぜか理由としてふさわしいものを選択肢から選びます。アにあるように「虫たちと比べ」てはいません。イにあるように鷹だけが自己中心的と考えているわけではありません。ウにあるようにいじめられるのを嫌がることが自己中心的な考え方と思ってはいません。エにあるようにあらゆる生物が自己中心的な存在としてしか生きていけないことに絶望してしまうのです。

問九は傍線⑥に「私たちは、自己中だからこそ、他者に協力することができる」とありますが、その理由を41字以上50字以内で説明します。問題文はホッブスの理論を拠り所にして展開されていますので、ホッブスの考え方が示された次の部分を使って解答を作成します。すなわち、「ルールを守って他者に協力するのは、自分にとってもっとも利益があるから」であり、最大の利益とは「自分の生命を確保する」ことです。

問十は問題文を3つに分けてそれぞれに見出し語をつけるとすると、どの順番になるか選択肢から選びます。3つに分けるにもかかわらず、見出し語が4つ用意されていることで、問題を複雑にしています。1番の「万人の万人に対する闘争」が最初に来るのは間違いありません。次に4番の「リヴァイアサンとしての権力」が来ることもすぐに見当がつくでしょう。この時点で解答は絞られます。3番の「身の安全を確保するために」は2番の「自己中心がそれ自体悪ではない」ことの根拠となっているので、問題文の後半で一緒に語られています。

●心情を読み取るのが難しい

大問二は壺井栄の小説「紺と黄のいろどり」からの出題です。

問一は漢字書き取り問題です。

問二は慣用句の使い方を問う問題です。

問三は十二支とことわざ、比喩的表現などを組み合わせた問題です。十二支を絡めた問題は中学受験でときどき見かけます。

問四は問題文中の「―」の使い方について、選択肢で挙げている用法の中から使われていない用法はどれか選びます。アの「わたくし」がその場にいなかった会話、ウの実際に発声されなかった心中の言葉、エの途中で切ったとき、どれも使われています。イの多くに人の声と声とが重なったことを示すためにだけは用いられていません。

問五は傍線②に「そういう点で、文吉とキクオちゃんには、どことなく共通したところもあるようでした」とありますが、どのような点が共通しているか選択肢の中から選びます。イには「どちらも一人っ子である」とありますが、キクオちゃんには姉がいます。ウには「自信に満ちあふれている」とありますが、そのようには描かれていません。エにあるように「無理に明るくしている」様子はありません。アの自由にふるまっているというのがもっともふさわしいでしょう。

問六は傍線③にキクオちゃんが「文吉よりも大人っぽく、虚無的なところも感じられました」とありますが、それはなぜだと考えられるか選択肢の中から選びます。本文中に理由は書かれていないので、置かれている環境や人物の描かれ方から推測するしかなく、難易度が高いです。アにあるように年上の人に対する緊張は感じられません。イには「自然に大人の態度を身につけていた」とありますが、問五で検討したようにどちらかといえば自由気ままにふるまっています。ウにあるようにいらだちや不平不満をかかえているというのはあたらないでしょう。選択肢の中では「母親がいないために甘え方がわからず、無理にでも自立しなければならないから」というエがもっとも妥当な理由となりそうです。

問七は傍線④で「わたくし」はキクオちゃんの新しいお母さんに「ひそやかな親しさ」を感じますが、どのような心情から親しさを感じたのか選択肢から選びます。アにある「ねたましさ」は微塵も感じさせません。イにあるように「キクオの新しい母と仲よくしたい」とまで考えているかどうかまではわかりません。エには「自分と血がつながっていないことを文吉が意識し」とありますが、文吉は「わたくし」を親と思って疑ってないと書かれていますので、話しが飛躍しています。ウのキクオを「自分と同じく血のつながらない子として育てる新しい母に共感しているが、一方的な気持ちなので表に出せないでいる」がもっとも適しているでしょう

問八は傍線⑤に「こんだ電車の中で、キクオちゃんのお母さんとは別々になってしまいましたが、新宿が近づくと心おどらせながらホームをのぞきました」とありますが、なぜ心おどらせているのか46字以上60字以内で説明します。キクオちゃんが一人で電車に乗ってしまったが、新宿駅で待っていて、無事にお母さんと再会できることを期待しているからです。

問九は傍線⑥に「紺と黄のいろどりの美しさ」とありますが、どのようなことを表しているかを説明する文が設問に付けられています。その説明文には2ヶ所空欄がありますので、本文中からあてはまる語句を抜き出して答えます。最初の空欄は8字で、後の空欄は2字と指定されていますので、探すのにそれほど苦労しないと思われます。  

問十は出題文全体の表現についての説明として適切なものを選択肢から選びます。アには「色と色の組み合わせをいくつか用いることにより」とありますが、色と色の組み合わせを表現に生かしているのは「紺と黄のいろどり」しかありません。また、登場人物の個性の違いを際立たせるような使い方ではなく、調和を表しています。ウには「過去の出来事を起こった順に書かないことで」とありますが、ほぼ起こった順に書かれています。また、読み手が結末を予測できないような展開にはなっていません。エには「あえて表情についての説明をせずに」とありますが、表情の描写は随所に見られます。残るイとオは正しいです。イは「せりふの中にあえてわかりにくさを残すことで、子どもらしさを表現しているところがある」という説明です。これは「わたくし」が「運動会、いかないの」と問い掛けると、「もうみてきたんだもん、男女同権だもん」と返事するところを指していると思われます。何が男女同権なのかはわからないままです。オは「『「わたくし」が体験した過去のことを、読み手に直接語りかけるような調子で書かれている」という説明です。最初の段落の「そうですそうです。春です。」という書き方や、文吉が本当の子どもではないことを説明する際に「実を申しますと」という言葉を使っていることなどにも表れています。

 ●難度の高い問題

 今回見た早稲田大学高等学院中学部の国語の問題は難度が高いです。小学校卒業程度の学力でこの問題に取り組むのは少し酷かもしれません。選択肢が用意されている問題でも、正答と思われる選択肢でさえ疑念を持たざるをえません。また、正答以外の選択肢にも明らかな誤りを見いだせません。

 たとえば、大問一の問四の問題は先に記しましたが、本文に「みんなでルールを決めて、そのルールに従って順番に水を飲んでよいことにしようという提案に従ってしまったら、もう自分が飲みたいときに水を飲むことは出来なくなってしまう」とあることから答えを導き出します。選択肢の中から、アの「水を平和的に共有するルールが、飲みたい分量や時間を各々に自制させるということ」を選ぶことになります。「平和的に共有」という部分は、本文の「不毛な争いはやめよう」と提案する人が現れるというところから読み取ることになります。ただ、「飲みたい分量や時間を各々に自制させる」ことを、「自分が飲みたいときに水を飲むことが出来なくなること」と言い換えられるのかは少し悩みます。エの「水を公平に分配するためのルールが、全員が無事に助かるために不可欠だということ」もあながち間違っているとは言えなさそうに思えます。

 まとまった量を書かせる記述問題は2題だけですが、大問二の問八の記述問題で要求されているのは主人公の気持ちを読み取り、答案を読む人に伝わるように書くことです。なぜ心おどらせながらホームをのぞいたのか主人公の気持ちはわかると思うのですが、どう書き表したらよいのかは「書く」ことに慣れていないと難しいでしょう。

 選択肢があれば選ぶことが出来ても、表現されていない気持ちを書き表すのが苦手という生徒が多いです。表現する訓練をしていないからです。表現することに慣れていないとどうしても一言で終わってしまうような書き方しか出来ません。46字以上60字以内で説明してくださいと言われてもどう書き表したらよいかわからないのです。

国語の勉強を通して育んでほしいのは、「健やかで豊かな心」です。客観的な視点を持って幅広く物事を見渡す姿勢は大事ですが、考え方がひねくれていたり、前向きでなかったりすれば元も子もありません。物事を素直に受け止めることが出来る柔軟な心と様々なことに幅広く興味を持つ好奇心こそが表現力の源となるのです。豊かな表現力は健全な精神に宿るといってもいいかもしれません。このことは国語教育にとどまることではありません。豊かな表現力を身につけることによって、人との関わりに幅を持たせることができるようになります。表現しないと相手には何も伝わらないということを学んでほしいです。受験のためのテクニックを身につけることはもちろん大切ですが、こどもたちには世の中に出て、様々な場面で人の役に立つようになってもらいたいと望んでいます。そのためにも国語を通して豊かな表現力を身につけることは、こどもたちのこれからの人生に間違いなく役立つと信じています。

ぜひ今一度、国語という教科の大切さを見直してみていただければ幸いです。