2025年2月に行われた都立国立高校の国語の入学試験問題について研究しました。国立高校は日比谷高校、西高校とともに都立高校でトップクラスの進学実績を上げていています。都下国立市にあります。
国立高校は日比谷、西、八王子東、戸山、青山、立川と同様に「進学指導重点校」です。英数国の入試問題は自校作成問題で、理科、社会は共通問題です。
●学校情報
国立高校のホームページに載っている校長先生のご挨拶を読むと、「清く、正しく、朗らかに」を校訓としているとあります。
東京都教育委員会より「理数研究校」および「英語教育研究推進校」の指定も受けています。
難関国公立大学や難関私立大学への高い進学実績を誇っていて、2025年は東大への合格者13名を含む国公立大学合格者が194名でした。
また、文武両道の精神を重んじる学校で、わたしのような古い年代の人間には、昭和55年に硬式野球部が甲子園に出場したときのイメージが強く残っています。
●調査書点と学力試験
調査書点は下のように計算します。
英語、数学、国語、理科、社会 → そのまま(1倍) オール5で25
音楽、美術、技術・家庭、体育 → 2倍 オール5で40
全科目の調査書点を合計すると最高で65です。合格者の選抜にあたっては、これを300点で換算します。
300×{英語+数学+国語+理科+社会+(音楽+美術+技術・家庭+体育)×2}/65
上記のような計算式になります。
これに対して学力試験の得点は700点換算ですので、5教科の最高得点500点で割った比率1.4を学力試験の合計点に掛けます。
さらに、ESAT-Jの結果(最高20点)を加えた合計1,020点中で判定されます。
●本文からの抜き出しは見落としそうになることも
2025年度の国語の入試問題を見ていきたいと思いますが、国立高校はホームページで問題と解答を公開していますので、この記事と一緒にご覧いただけます。
大問1は漢字の読みで、大問2が漢字の書き取りです。読みでは「定款」、「補填」など難度が高いと思われるものが出題されています。また、書き取りでも「ヨウサン農家」の「ヨウサン」や、「運動でタイシャを上げる。」の「タイシャ」などはどういう字だったか思い浮かばない受験生もいると思います。これらの対策は読書量の多さである程度カバーすることも可能です。
大問3は青山美智子の小説「リカバリー・カバヒコ」からの出題です。
問1は傍線(1)に「意識を飛ばすのって、難しい。」とありますが、このときの「ぼく」の気持ちの説明として最も適切なものを選択肢の中から選びます。
この問題は正解以外の選択肢が明らかに間違っていますので簡単です。イには「足の痛みの持続を願う自分を疑わしく思っている。」とありますが、「ぼく」は足の痛みの持続を願ってはいません。ウには「足の痛みが軽くなっている自分の状態に安堵している。」とありますが、足の痛みは軽くなっていませんし、「ぼく」は自分の状態に安堵もしていません。エには「駅伝に出場することが決まっても」とありますが、「ぼく」は道の端で応援するだけです。
問2は傍線⑵に「ああ、そうか。そういうことなんだ。」とありますが、この時の「ぼく」の様子の説明として最も適切なものを選択肢の中から選びます。
この問題も問1同様に正解以外の選択肢は明らかに間違っています。アにあるように「ぼく」は人目を気にせずカバヒコに自らの思いを語っていません。イには「自分の弱さと向き合い、努力を怠ってきたことを後悔している」とありますが、そのような様子は描かれていません。エにあるように、困難に立ち向かうことを理想とするのが自分の本心とまではいえません。
問3には傍線⑶の「前とは違う自分になってるんだよ。」という伊勢崎さんの言葉について、説明する文章が用意されています。その文章には2箇所空欄がありますので、それぞれにあてはまる表現を本文中から抜き出します。
説明の文章は以下のようになっています。
伊勢崎さんからの宿題に取り組んだ後、「ぼく」は日常の中で【 1 】を体感し、以前の「ぼく」のは【 2 】をすることができるようになった。
1は十一字で、2は十字と言う指定があります。空欄1と空欄2のどちらも、「伊勢崎さんの言うとおり、目の前のことに集中するように心がけた。」の後、「伊勢崎さんのところにいくころ」までの間に書かれています。すなわち、1は「意識が変わっていくこと」で、2は「それまで気がつかなかった発見がたくさんある」と言う部分から「気がつかなかった発見」という十字を抜き出します。
問4は本文全体から「ぼく」が捉えたスグルくんの人物像について述べたものとして最も適切な選択肢を選びます。この問題も正解以外の選択肢が明らかに間違っていますので簡単です。
アにあるようにスグルくんは周囲の意見をはばからないのではなく、みんながどう思うか気にしないのです。また、「自分のやりたいことを優先する意志の固さ」を持っている持っているわけでもありません。イはまったく違っています。ウにあるように「冷静さ」と「器用さ」を併せ持った人物としては描かれていません。
問5は授業において生徒が学習する場面設定を利用したいわゆる新傾向の問題です。
この問題にはA~Dの4人の生徒の会話文が提示されていて、その2箇所に空欄が設けられています。
[i]は空欄の1にあてはまる表現を本文中から抜き出します。回復した「ぼく」の身体的な感覚が表現されているような擬態語を探します。回復した「ぼく」となると該当する部分は限られますので、割とすぐに探し出せるのではないでしょうか。答えは「身体がほかほかしていた」の「ほかほか」です。
[ii] は空欄2に当てはまる選択肢を選びます。タイトルにもなっている「ぼく」にとってカバヒコはどのような存在かということです。アはまったく違います。ウには「近寄りがたい存在」とありますが、「カバヒコのことを考えるとちょっと安らいだ気持ちになる」とありますので「近寄りがたい存在」ではありません。エには「周りから否定されてしまった自分を助ける」とありますが、自己嫌悪に陥っているだけで周りから否定されているわけではありません。
●言い換え表現をチェック
大問4は戸谷洋志の論説文「SNSの哲学」からの出題です。
問1は傍線⑴に「このような考え方は、非常に大きく言えば、世界を科学的に捉えようとする態度と通底するものです。」とありますが、どういうことか、選択肢の中から最も適切なものを選びます。
イにあるように「科学は起こりうるすべての現象を説明可能」とは言っていません。ウにあるように科学が「個々の事象における差異に注目している」とも言っていません。エには、科学やアルゴリズムが具体的な自然現象や人間の行動から一般的な法則を求めるとありますが、本文には科学的に説明しようとする考え方はこの世界を抽象的に眺めてなされることで、具体的な姿を捉えることにはならないとありますので間違っています。
問2は傍線⑵に「しかし、それが「私」にとってどのようなものとして経験されるのか、ということは、事前に予測することはできないのです。」とありますが、なぜか、その理由に当たる最も適切な表現を本文中から三十四字で探して、始めと終わりの五字を書きます。
理由を本文から抜き出すときは「~から」とか「~ので」といった表現になっていることが多いです。そこで、まずはそういった表現になっているところはないか探します。すると、7段落ほど後に「時間の経過が私たちの存在を、常に新しいもの、別なものに変えていくから」と言う表現が見つかります。数えてみるとちょうど三十四字です。出題者が「~から」や「~ので」というような言葉を使っていないところを抜き出させたい場合は、「『から』という言葉に続くように書きなさい。」といった問題文になっている場合もあります。
問3には傍線⑶の「予見不可能な創造的進化。」とはどういうことか説明する文が付いています。その説明文には空欄が設けられているので、空欄に当てはまる最も適切な表現を本文中から七字で探して抜き出します。
説明の文は以下のようになっています。
生命の変化は【 】を前提にしているということ。
本文では傍線⑶以降でずっと予見不可能な創造性について語っています。その中で、「予見不可能な創造的進化」とはどういうことか七字で言い表す表現はなかなか見つかりません。最後まで読み進んで始めて、「生命の予見不可能性が、根本的な偶然性が潜んでいるからです」という表現に行き着きます。「生命の予見不可能性」を「根本的な偶然性」と言い換えています。ここにきて説明文の冒頭の「生命の変化」という言葉が、「創造的変化」と近い内容を表していることに気づかされます。このように「~とはどういうことか」という問題の答えを探すときは言いかえ表現に注目しましょう。
問4は傍線⑷の「『私』をただのモノのように捉える考え方」とは、どういうことか選択肢の中から最も適切なものを選びます。
これは「私」という実態は変わらないという考え方で、予見不可能な創造的進化を遂げる存在とは考えないということです。ア、イ、ウはすべて逆の説明となっています。
問5は本文全体の表現と構成についてです。
[i]はあまりないタイプの問題です。本文中には二重傍線をひいた語句が4つあります。「おそらく」、「さしあたり」、「確かに」、「もっとも」の4つです。[i]には選択肢が4つあり、それぞれの語句における表現の特徴を説明しています。選択肢の中から最も適切なものを選ぶという問題です。二重傍線がひかれた箇所での言葉の使い方なので、該当箇所を読めばわかるのでやってみればそれほど難しくはありません。
アの「おそらく」の使い方は、「自分の主張に疑念を抱いている」ことを強調しているわけではありません。イの「さしあたり」の使い方は、「当面は」と言った意味で「今後は理解が変わるという危惧があるわけではありません。「もっとも」という言葉は本文で言及されている筆者の考えに、さらに「SNSを使うのをやめようと言いたいわけではない」という考えをつけたすために使われているのでエの説明も違います。
[ii]は本文の構成を説明した選択肢の中から最も適切なものを選びます。アにあるように「個別の具体例を列挙して共通点を見出し」ているわけではありません。イにあるように、「問題提起→抽象化された主張→最後に具体例を複数挙げながらまとめる」といった整然とした流れがあるわけではありません。エにあるように「結論部で異なる視点からの自説を述べている」わけでもありません。
問6も大問3の問5と同様に授業において生徒が学習する場面を想定した新傾向の問題です。本文を読んだ後、SNSに興味を持った生徒が出典の『SNSの哲学』を読んで作成したレポートとう設定で文章がつけられています。ほとんどが『SNSの哲学』を追加して抜粋することで成り立っているのですが、最後の生徒のまとめに空欄があります。空欄に当てはまらないものを選択肢から選びます。SNSの抱えている問題点にあたる内容です。生徒のレポートに含まれている1,000字程度の文章を読めば簡単です。SNSではたくさんの人がみているものが表示されるだけなので、イにあるように「物事を批判的に捉えやすくなる」とは限りません。
問7は作文です。傍線5に「ベルクソンは、そうした記憶に宿る時間のあり方を『持続』と呼んでいます。」とありますが、自分が実感した『持続』の経験について、ベルクソンの主張を踏まえながら具体的な例を挙げて、200字以内で書く課題です。
本文ではロック音楽の話しが出てきますが、わたしの場合、クラシック音楽で同様の経験があります。学生時代はそもそもクラシック音楽に魅力さえ感じなかったのですが、今では熱心なクラシック音楽のファンで、クラシック音楽について学びながら至福の時を味わっています。時間とお金がなくてコンサートには行けていませんが、いずれ行ってみたいと思っていますし、ワーグナーやヴェルディのオペラを鑑賞したいとずっと夢見ています。今や交響曲、室内楽曲、器楽曲などさまざまなジャンルのクラシック音楽を聴きますが、最初のうちはショパンの曲のどこが良いのかわかりませんでした。ところが不思議なことに、何度も聞いているうちにその繊細な美しさ、微妙な陰影、心の琴線に触れるような深みに魅了されるようになったのです。
●選択肢のある問題は答えがわかりやすい
大問5は川本皓嗣の論説文「俳諧の詩学」からの出題です。
問1は本文で紹介された「下臥しにつかみ分けばやいとざくら」とう其角の俳句について去来と芭蕉はそれぞれどのように捉えたか選択肢の中から選びます。
アには「芭蕉は、伝統主義的美学に固執していると非難した」とありますが、芭蕉は其角が伝統主義的美学に固執していると避難してはいません。イとエはまったく違います。
問2は傍線⑵に「その難事をあざやかになし遂げた」とありますが、どういうことか選択肢の中から最も適切なものを選びます。イとエはまったく違います。ウには「多様な解釈を可能にしている」とありますが、本文には「ただひとつの正しい意味に到達し、それでなるほどと納得して終わる」と書かれていますので違います。
問3は傍線⑶に「俳句をも含めて、『詩』はなるほどと意味を納得して終わるものではない」とありますが、どういうことか選択肢の中から最も適切なものを選びます。
本文の最後に俳句は「句の余白を埋めようとする読者の協力なしには、ほとんど成り立たない」とありますので、イがふさわしいことがわかります。
問4は傍線⑶の「これ見よがしに」という言葉と同じ意味で使われているものを選択肢から選びます。「これ見よがしに」とは得意げに見せびらかすことですから、イの「誇らしげに」が最も適切と言えます。
問5は本文の内容に最も合致するものを選択肢から選びます。
アには「去来が芭蕉を否定することで到達した到達した『発句』の境地について持論を展開している」とありますが、去来は芭蕉を否定していませんし、「発句」の境地について持論も展開していません。イはまったく違います。ウにあるように「空白や亀裂をあえて入れ込む芭蕉の句が正しいあり方と結論づけている」わけではありません。
●正確さとスピードが求められる
大問4には手こずるかもしれませんが、大問3や大問5は難しい問題ではありません。都立国立高校の入学試験合格者の国語の平均点はかなり高いのではないでしょうか。問題数が多いので、正確さとスピードが求められます。大問4にはさらに200字程度の作文も含まれていますので、かなり時間を取られるでしょう。
指導要領に沿った新傾向の問題も複数あり、言い換え表現を見つけたり、理由を答える際の書き方を工夫したりと様々な要素が詰まったたいへん勉強になる内容です。
都立国立高校を受験する方だけでなく、都立高校で共通問題を利用している学校の受験生にもその対策になるのではないでしょうか。