2024年2月に行われた慶應義塾高等学校の国語の入学試験問題について研究しました。
当校からはほとんど全員の生徒が慶應義塾大学へ進んでいます。ホームページによりますと、2023年度卒業生670人のうち656人が慶應義塾大学に入学しています。
2024年度の一般入試の募集人員は370人で、合格者数は497人。受験者数が1,371人ですから、実質倍率は2.76倍です。
●出題の意図を正確に把握する
大問一は伊藤雄馬の「ムラブリ 文字も暦も持たない狩猟採集民から言語学者が教わったこと」からです。
問一は空欄補充問題で、Xには接続詞、Yには副詞が入ります。
問二は文中の「迂言的」と言い換えられる言葉を選択肢から選びます。迂言という言葉の意味がわからなくても、「迂回」の「迂」が使われているので直接的に言うのを避けているのだろうと予測はつきます。
問三は「心が躍る」の心についてです。古い日本語では「こころ」という意味でどういう具体的な意味を表したのか、出題文中から2字で抜き出します。しかも、本文を読むとムラブリ語も同様の意味を持つというのです。ここでは設問にある「古い日本語で『こころ』という具体的意味」を表したという説明に惑わされます。
確かにムラブリ語は「クロル(こころ)」を用いて「心が上がる/下がる」という表現があると書いてあります。さらにそのときのジェスチャーとして、胸のあたりの前で手を上下に動かしていることから、「心臓の辺りが上がる/下がる」という感覚経験にこの表現の源があるようだとしています。
とすると、出題者の意図としては、この「心臓」という言葉を答えさせたいのだと思われます。
問四、問五は感情を言葉で表すのがむずかしいため、出題文では感情表現の意味を「好/悪」と「動/静」の2軸を用いて平面上にマッピングしていますが、その図を使った問題です。読解力が問われます。
問六はムラブリにとって「心が下がる」ことに適合する例を選択肢から選びます。「心が下がる」は「うれしい」とか「楽しい」意味なので、「愚痴をこぼした」のウや、「虚しさを感じ、無気力となった。」のオは除外します。また、文中には、ムラブリの感性として「心が下がる」気持ちをわざわざ他人にもわかるように表に出す必要を感じないとあります。「家族で分かち合った」のイや、「思わず踊りだした」のエもふさわしくありません。「ひとり喜びに浸った」のアが一番しっくりきます。
問七は、ムラブリにとって「心が上がる」という感覚はどのような「身体的な行為」と結びつくと考えられるか15字以内で書きます。わかりやすく言い換えると、身体を使ってどのように表現するかということです。「ジェスチャー」という単語と「『心臓の辺りが上がる/下がる』という感覚経験にこの表現の源があるようだ」という記述から、「胸のあたりの前で手を上に動かす」(という行為)という答えしかありません。
出題者の意図は傍線部5までの文章で筆者が最も言いたいことが的確に捉えられているかを答えさせたいということです。本文の傍線部には「ある種の身体的な行為に近い感覚」とあるのに、設問では「どのような『身体的な行為』と密接に結びつくと考えられるか」となっているので、かえって出題者の意図が読み取りにくいかもしれません。著作物になるときに筆者の主張は控えめになること多いので、入試問題のようにずばり聞いてくる文になると、言い方が変わってしまうことがあります。問題で何を求められているのかを正確に把握することはとても重要です。
問八は「ムラブリの感性を紐解く」ことは、現代人にとってどのような意義を持つと筆者は考えているか40字以上50字以内で書きます。筆者の考えはこの後、最後の段落まで出てきません。字数制限が厳しいですが、「感情のあり方や表現の仕方に絶対の正解はない」という部分を解答に含めて、「~ことを知る意義を持つ」で締めくくればよいでしょう。
問九もまた難しいです。本文の「ムラブリにとっては、なにかを主張したり感情を相手に向けることは、よっぽどの一大事である」の部分に傍線が引いてあります。「よっぽどの一大事」でありながら、タイのムラブリが「なにかを主張したり感情を相手に向けること」を避けられないのはなぜか、15字以内で書きます。
まず、設問の「タイ」に傍点が振ってあるところに注目する必要があります。ということはラオスのムラブリではなく、タイのムラブリに限定されるということです。タイのムラブリとラオスのムラブリの違いについて書いているのはほんのわずかで、しかもあまりはっきりとは書かれていません。ムラブリが森に生きていた時代、「他の民族との接触をできるだけ避けてきた。」とあります。さらに、「まだ森の中で遊動生活しているラオスのムラブリは…」とあります。また、後の方に「タイのムラブリは現在いくつかの村に分かれて生活している」とも書かれています。つまり、タイのムラブリは森の中では生活していないので、他の民族と接触せざるをえない状況にあると思って間違いないでしょう。そこから「他の民族と接触するから。」という答えを導き出せます。
どうしても他の民族との接触をできるだけ避けて、森に身を潜めて暮らしていたので感情を表に出すことを慎むようになったという話の流れが頭に残ってしまいます。
問十は傍線が引いてある「日本人の感性」という語句について、本文中に筆者の軽い皮肉が込められている語があるというのです。それを指定の範囲から漢字2字で抜き出すという問題です。しかも指定されているのが400字程度という狭い範囲なので見つけやすいと思われます。ただ読み飛ばしているとそれが皮肉になっているということにさえ気づきにくいかもしれません。あくまでも感情のあり方や表現の仕方に絶対の正解はないという筆者の主張に基づかないとなかなか読み取れないです。
問十一は本文の内容説明として最も適切なものを選択肢の中から1つ選びます。出題文の内容が理解できていれば間違えることはないと思います。
問十二は漢字の書き取り問題です。
●設問自体に工夫が凝らされている
大問二は出口智之の「森鴎外、自分を探す」からです。
問一は漢字です。
問二は西暦を和暦に換算するという問題で、本文の内容とは関係ありません。明治、大正、昭和、平成が西暦ではいつから始まるか歴史で習うはずです。
問三は5か所の空欄に選択肢の中から適したものを選びます。
問四は著作権の保護期間についてです。この問題も問二同様、本文の内容とは直接関係ありません。
問五は空欄2か所へ入る語を本文から探します。
問六は単語の意味を選択肢から選びます。
問七は表現を言い換えた場合、選択肢のうちどれが最も適切か選びます。難しくはありません。
問八は文中の表現に最も近い四字熟語を選択肢の中から選びます。ウの「一視同仁」は、差別をつけず、すべての人を同じように愛することです。
問九は「鴎外のありかたに、こういう時雨の姿勢とどこかで重なるものを感じます。」とあるのですが、具体的にどのようなことか「~と…が重なるということ」という形式で説明します。解答欄には30字のマス目が2つ用意されていて、その間に「描いた時雨の姿勢と、」と書かれていて、最後は「鴎外の姿勢が重なるということ。」で締めくくられています。問題には前と後ろそれぞれ25字から30字で説明するよう指示があります。
時雨の姿勢については、「心情をていねいに思いやりつつ、…事件の背景と心の動きを」という箇所を参照し、鴎外の姿勢については、「時間をかけて他者に向きあい、心情への理解を重ね…人間性と丹念に向き合っていく。」という箇所を使ってまとめてはどうでしょうか。この問の答えを作成するのには時間を取られるでしょう。
問十は「抑制のきいた鴎外の文章」とありますが、どのようなことか最も適切に表している部分のはじめと終わりの5字を抜き出します。この問の答えは問九の答えと重なりますので、本当にこれでいいのかなと不安になります。
問十一は設問の読み取りが難しいです。短編小説「鶏」が「題材が大きく形を変え、まったく別の物語に結実」した作品であるとした場合、「別の物語に結実」しなかった場合(、「鶏」)はどのようなものであったと考えられるか説明します。括弧の(、「鶏」)は実際には設問の文にありません。わたしが加筆しました。別の物語に結実しなかった作品を「鶏」から離れて想定してしまうと答えは出題者の意図とはまったく別のものになってしまいます。
問われているのは、鴎外が抑制と理知によって心の機微に分け入ろうしなかったら「鶏」はどうなっていたかということです。そう問われれば難しくはないはずです。石田少佐が食料などを横領した使用人たちに怒りをぶつけるような内容です。
問十一は「そうした心の動き自体に関心はあったはずですが、具体的な事件に即してとやかく述べるのは避けたようです。」とありますが、どうして避けたのか理由を60字以上、70字以内で説明します。解答には「時間をかけて他者に向きあい心情への理解を重ね、…その人間性と丹念に向きあってゆく。」という部分とそれに続く「抑制と理知によって心の機微に分け入ろうとしていた」という部分を使います。また、「鴎外は徹底して自己を見つめ、その反照として他者も慎重に見つめようとすることで、人間という存在に向きあった」という部分を使うのもよいでしょう。
●かなり難度の高い問題
出題文の分量が多く、問題数も多いので問題を解くのにスピードが要求されます。その上、問題の難度も高く、設問自体に工夫が凝らされているので、注意深く読む必要があります。もちろん大半が出題文の重要な部分を答えさせようとする問題なので、内容さえわかっていればそんなに悩む必要はないのですが、そもそも出題の意図を読み違えていたらまったく意味がありません。設問の文の書き方にもある程度傾向があるので、やはり過去問で慣れておく必要があります。また、難度の高い他校の入試問題にもあたっておいて、様々な問題に対応できるよう幅を拡げておきましょう。
慶應義塾は出題の幅が広く、今回研究した入試問題でも西暦から和暦への換算や著作権の保護期間といったあまり国語で扱われないような問題が出ています。受験に出るとか出ないとかだけでなく、常日頃から視野を広げ、様々な事柄に関心を持って、自分を磨くことを心がけましょう。それが受験で燃え尽きない自分のためにもなりますし、慶應義塾受験のための要件にもなります。
頭を使うことを積極的に楽しみましょう。