今回から2024年度の最新の入試問題について見ていきたいと思います。

2024年2月1日に行われた海城中学校の1回目の国語の入試問題です。

ご存じのように海城中学は新御三家の1つとされていて、2023年度は東大へ43人の合格者を出しています。高校では募集を停止しているので、海城に行きたい場合は、中学からの入学を目指すことになります。

海城のホームページには入試問題のポイントを動画で説明していますが、現在は2024年度用を掲載中です。毎年、7月から8月ぐらいに更新されるようなので、受験する方は必ず見るようにしましょう。一般入試について説明する動画でもホームページを頻繁に見るように促しています。

2024年の入試問題はまだ公開されていません。声の教育社から2025年度用の過去問題集が5月中旬くらいに発売の予定です。

●選択肢の中に含まれる出題文に書かれていない要素をチェック

大問一は三浦しおんの「墨のゆらめき」からの出題です。

問題をご覧になれない方のために、あらすじを簡単に説明します。

「俺」は書家の遠田薫の書道教室にあいさつと仕事の依頼に行きます。そこで「風」という文字を課題に書かせる遠田と生徒とのやり取りや教室の様子を見ていて、「にぎやかでいいかげん」といった印象を抱きます。あまつさえ「指導などろくすっぽしないのではないか」という疑いを持ちます。筆を膀胱に例えて話をしだしたときには、「書への冒瀆もはなはだしい」とさえ思います。ところが、突如、教室に面する窓をすべて開け放った遠田は、生徒に風を感じさせ、感じたままを思い浮かべて「風」を書くように指導します。すると、その後、生徒たちの書く字は生き生きと躍動して見えるようになったのです。たとえや指導方法に、少々、下品だったり、型破りではと思われるところはありますが、遠田は書道教室の先生として、やはり逸材なのだろうと察せられるようになったのです。

大問一の問は全部で12ありますが、問六のみが記述して答える形式になっていて、それ以外はすべて選択肢の中からふさわしいものを選ぶ形式です。

問一は突然、教室に入ってきた「俺」を見て生徒のうちの二人がクスクス笑ったのはなぜかという問題です。アにあるように笑ってはいけないと思っていたのかどうかは不明です。ウにあるように反感を持っていたのかどうかもわかりません。エにあるように「笑いかけて注意をひこうとしている」というほどの積極性は感じ取れません。その後に続く記述に「俺」が「不意の闖入者にテンションが上がっているのだろうと思った」とあるので、イにあるように見慣れない「俺」が突然現れたことに興味がわいてきて気持ちがたかぶって思わず笑いが出てしまったというのが正しいようです。

問二は「遠慮がちに遠田のかたわらに正座した」とありますが、この時の「俺」はどう思っているかという問題です。アにあるように「早く素性を明かしたい」とか「紹介される前にこちらから声をかける」とかいった様子は読み取れません。イにあるように緊張している様子はありませんし、遠田や生徒たちから歓迎されていなかったのかうかがい知れません。エにあるように遠田の教室でのふるまいを確認しに行ったわけではないです。「職場でも子供のお客さまと言葉を交わす機会はさほどないので、どう対応したらいいかわからない」とあるので、子供との接し方に慣れていないとあるウが相応しいでしょう。

問三は「書道教室とはこんなににぎやかでいいかげんなものなのだろうか」とありますが、「俺」はどのような様子を見てこのように思ったのかという問題ですが、選択肢が紛らわしいです。アには「おしゃべりをしながらも書くことには常に熱心な生徒たち」とありますが、生徒たちが常に熱心とは言えません。イには「失礼な言動を繰り返す生徒たち」とありますが言い過ぎです。ウでは「自分の並外れた才能を見せつけているように感じられる」とありますが、そのようなことは書かれていません。エにある「書についての指導も粗っぽく雑なものであるため、軽くあしらっているように見える」というのがもっとも適しているでしょう。

問四は「書への冒瀆もはなはだしい」とありますが、「俺」は遠田のどのような点について「冒瀆」だと感じているのかという問です。アにあるように「書道の格式の高さ」についてはどこにも触れられていません。ウには「書を軽んじる思い」とありますが、言っていることはともかく、書を軽んじているわけではなさそうです。エはまったく当てはまらないです。イの「ことさらに品のない言葉でたとえて悪びれもしない」というのが一番合っています。

問五は「いったいどういう『風』を思い浮かべて書いてんだ?」という遠田の問い掛けに対して、生徒が「風は風だよね」と答えていますが、生徒たちのどのような反応が読み取れるかという問題です。アを検討する必要はありません。イには訳のわからないことばかり言う遠田のことを困った人だと言う目で見ているとあるのすが、困った人と思っている様子までは読み取れません。エにあるように形として思い浮かべることができないとか、どう字に表したらよいのかもわからないというような具体的な理由は書かれていません。ウのどう答えたらよいかわからずにいるというのが相応しいでしょう。

問六が大問一の中で唯一の解答を記述する必要のある問題です。

文中で遠田が「そういう習慣をつけときゃ、そのうち真夏にも冬の『風』を書けるようになる」と言っていますが、どういうことを言おうとしているのか説明するよう求められています。なお、問題には60字以上80字以内と言う条件がついています。

問題になっている言葉より前に遠田が言っていることの中に解答に結びつく説明がなされています。すなわち「大事なのは文字の奥にあるもんを想像することだ。……文字を通して自分が伝えたいことを何かを考えてみるんだ。」

書き出しは「文字を書くときに」で始めるように指定があるので、それに続けて「その奥にあるものを想像する習慣を身につけておけば、そのうち文字を通して自分が伝えたいことを自由に思うがままに表現できるようになるということ。」(70文字)という解答を作りました。

問七は文中に「生徒たちは気を取られることなく、また涼しくなっていく部屋のなかで真剣に半紙に向き合い」とありますが、ここには生徒たちのどのような様子が表れているかを問う問題です。選択肢が紛らわしく、どれを選んでもおかしくないような気さえします。ただ、アには「他の季節の風と(夏の風と)の違いを文字で書き表す意欲がわいてきて」とありますが、季節による風の違いというよりは、直前に窓を開けることによって感じた風に誘発されているようです。イですが、この時点では生徒たちは自分の表現したいことが明確になってはいないようです。ウにあるように仕切り直しをしようという気落ちになったかどうかまではわかりません。本気で書に取り組もうと決意を新たにしたというのも言い過ぎています。エにあるように実際に感じた風を文字で表現することに集中しているということでしょう。

問八は文中に「俺もいつしか文机ににじり寄って、生徒たちが遠田に差し出す半紙に夢中で見入った」とありますが、このときの「俺」の気持ちはどのようなものかという問題です。イには「指導法には疑問を感じてしまう遠田」とありますが、この時点で「俺」は遠田の指導法を見直し始めています。ウでは「手本に近づいてきた生徒の作品」とありますが、生徒たちは手本に近づけようとしているわけではありません。エは初めから除外です。アにあるように遠田の指導に効果があって前よりよくなった生徒たちの作品に関心を持っているのです。

問九は文中に「やはり(遠田は)逸材なのだろうと察せられた」とありますが、なぜ「俺」はそう思うのかという問題です。アには子どもたちが遠田の手本に近づけようと努力しているとあります。問八にも同様の選択肢がありましたが、手本に近づけようとはしていません。イには「気楽に取り組めば十分」とか「上達を目指さずに楽しんでいる」とか書いてありますが、「十分」や「上達を目指さずに」というところまでは読み取れません。ウとエはどちらが適当か迷いますが、遠田は自分なりの表現を追求するといったところまでは伝えようとはしてはいないでしょう。また、子どもたちも自分の個性を見つけ出すといったところまでは至ってないと思われます。エにあるように遠田は自分なりに表現することの大事さを伝えようとしていて、それを受けて子どもたちがいきいきとしている様子が出題文には描かれています。

問十は生徒の一人が書いた「震える『風』にもゆったりと花丸を描いた」とありますが、この時の遠田のきもちはどのようなものかと言う問題です。この問題は簡単です。イにあるように遠田は「あえて褒めることで手なずけてしまった方が良い」と感じるような人物として描かれていません。ウにあるように「悪寒を思い浮かべて書いたこの子の字のほうが、他の子たちの字と比べても遙かにできばえが良く」て遠田が感心している様子はありません。かといって逆に、エにあるように震える風の出来ばえは良くないが大目に見ようと考えている節もありません。病気の風邪を思い浮かべて書いたということが伝わってくるだけ実感をこめて表現できたと認めているわけですからアが良いでしょう。

問十一は「へのへのもへじの男の子は照れ笑いしたが、いたずらが成功してうれしそうでもあった」とありますが、この時の男の子の気持ちはどのようなものかという問題です。ちなみに、いたずらでへのへのもへじを書いていた男の子と「風」を「風邪」と読み替えて、震える「風」(悪寒)を書いた子と同一です。この問題で選択肢から選びだすのも難しいです。アにあるようにありがたいと思っている様子はうかがえません。エは意図してやったいたずらなので除外します。イは適しているのか悩みますが、意図が伝わったのだから、遠田のいうとおりにしなかったといえるのかが疑問です。ウの遊び心に気づいてくれたことに喜びを感じているというのがこの時の男の子の気持ちにもっともしっくりくるようです。

問十二は「正座したままきちんと礼をし」とありますが、生徒たちのこの様子からどのようなことがわかるかという問題ですが、わかりやすい問題です。ア、ウ、エはさっと目を通しただけで間違いとわかります。

 

●紛らわしい選択肢が多い

大問二は元陸上選手の為末大の「熟達論」からの出題です。「走る哲学者」とも言われる為末氏の書いた文章なので、哲学的というか、観念的な表現が多く、こういった文章になじみがないと試験場で一読して理解するのは難しいかもしれません。

大問一同様、あらすじを簡単にまとめます。

熟達とは一般的には慣れて上手になることを指しますが、著者はもう一歩進めて、特定の領域において技能を極めた状態のことを言っています。熟達を探求していくプロセスにはどの分野においても共通する要素があるというのです。つまり、道を究めた人が技能の探求を通じて得た「学びのパターン」は他の世界でも通用するということです。人間についての謎が次々と解明されていき、人間の技能が機械に取って代わられつつあるとき、問われるのは人間にしか出来ないことは何かです。著者は熟達こそがそれを理解する鍵になると考えています。自分の身体で外界と内部の変化も感じ取り、試行錯誤しながら上達し、上達している自分を内観する。その一連のプロセスから得る「主観的体験」こそが人間にしか出来ないことと考えているのです。さらには、熟達のプロセスで遭遇する夢中の瞬間こそが人間の生きる実感の中心だと考えています。それは「私」を通して、世界を感じていくプロセスでもあるというのです。筆者は考える私より、感じて動く私に「人間にしか出来ないこと」が潜んでいるのではないかと考えています。そして、夢中に連なる熟達の道として孤独を取り上げます。孤独だからこそ今までにない何かが生まれると言います。自分を知るためには他者との関わりを絶つ時間が必要で、孤独の時間が今まで気づかなかったことを浮かび上がらせるというのです。

大問二は、漢字書き取り1題を含めて11題で構成されていて、筆記で答えさせる問題が1題、残りの9題にはすべて選択肢が用意されています。問一が漢字書き取りですが、小学生が普通に書ける水準の問題です。

問二は「別の領域で探求してきた人と話をする時、同じ学びの話をしているように感じられることがある」とありますが、「同じ学びの話」と感じられるのはなぜかと言う問題です。アにあるように「他の領域の成功者の考えと似てくる」というのはあまりにも大掴みすぎます。イには「工夫を加えれば違う世界でも使えそう」とありますが、工夫を加えればという意味合いを伝える記述はありません。エもイと同様でそのまま使い回そうというような考えは示されていません。9行後に「他の世界でも応用可能だと私は考えている」とありますので、そこまで読み合わせると、「当てはめて生かせる」とあるウを選ぶのがよいのでしょう。

問三は「振れ幅」とありますが、ここでいう「振れ幅」とはどういうことを表した言葉かという問題です。この問題は簡単です。振れ幅とは可能性のことだと書いてあり、可能性があるということは未来がどうなるかわからないということだと書いてあるので、エの「その人の努力によって変わってくる、人間が将来的に生み出せる成果の違い」しかありません。

問四は「皮肉ではあるが」とありますが、どのような点が「皮肉」なのかという問題です。アにあるように人間は機械に任せて手出ししないほうがよいという考えは示されていません。ウのように「機械だからこそできることが優先されるようになった」わけではないです。機械が人間に追いつき、追い越していっているのです。エにように「今後は機械が行う作業を人間が手助けするという形になりかねなくなった」とまでは書いてありません。イにあるように「あらゆる面で人間よりも機械のほうがまさっているということが明らかになってしまった」というのが最も適当でしょう。

問五は「考える私より、感じて動く私に『人間にしか出来ないこと』が潜んでいる」とありますが、なぜそのように言えるのかという問題です。アにあるように「夢中になって身体を動かすことで世界を多様なものに変化させる」というようなことは書いてありません。ウにあるように機械がとらえる世界が大づかみであるかどうかも触れられていないです。紛らわしいですが、エにあるように、思考を通してであれ何であれ、機械が世界を感じるのかどうかは読み取れません。間違っていないと言えるのはイだけのようです。自分自身の感覚をたよりにしながら何かに夢中になっていくという過程は、人間にしかできないと書かれています。

問六は「群れに適応している我々は孤独に弱い」とありますがなぜかという問題です。これは同じ段落に「群れの中では、集団内での評判が自らの生存と遺伝子を残すことに影響しているからだろう」と答えが書いてありますので、その趣旨が含まれている選択肢を探します。「集団内での評判を気にかけて孤立しないように生きていこうとするものだから」というウが相応しいでしょう。アにあるような記述は出題文にありません。イのように「生まれつき孤立を恐れる性質を持っている」というようなことも述べられていません。引っかかりやすいのはエです。エには「集団の中にいると必ず周囲の影響を受けてしまうので」とありますが、集団の中にいると難しいからこそ一人で自分独自の道を追求するというのが著者の主張です。エの選択肢は一見合っていそうに見えますが、この後に述べられることを先取してしまっています。孤立するのが難しいから孤独に弱いでは理由になりません。この選択肢はくせ者です。

問七は「何かを極めても、他者に認められるとは限らない」とありますが、そうなるのはなぜかという問題です。用意されている選択肢は紛らわしいものがあります。アには自分の中の手応えは信用できるが、他者の評価は信用ならないとありますが、出題文には「他者が正しいかもしれないし、自分が正しいかもしれない」とあります。イには、自分では本質をつかんだつもりでも、それが実は見せかけにすぎない場合もあることをその理由としていますが、見せかけにすぎないとはどこにも書かれていません。ウには「それぞれの基準を振りかざして評価しているだけだから」とありますが、それぞれの基準を振りかざしてというのは言い過ぎです。「自分としてはそのものの本質を掴んだつもりでも、他者が理解してくれない可能性が常にあるから」というエを選ぶのが妥当なのですが、出題文を読み込まないとわかりません。ただ、アは明らかに間違いで、イとウには「見せかけにすぎない」とか「振りかざして」のように大げさな表現が使われています。出題文のような淡々とした言い回しになっているエが正しいと直感でわかってしまうかもしれませんが・・・。

問八は「他者の承認が欲しくても、それを直接追いかけると翻弄されてしまう」とありますが、その結果どうなってしまうと筆者は述べているかという問題です。それに続く文章として「追いかけているうちに自分のやり方が正しいのかどうかもわからなくなってくる」とありますので、イが正答となります。アにあるように「わかりやすい成果が出るかどうかということしか考えられなくなり」といったことは書かれていません。ウにあるように誰もが認める方法と自分なりの方法との間でどっちつかずになるときのことは想定されていません。エにあるように世間で評価されている方法を探そうとしたらどうなるというのかも示されていません。

問九は文中に「とても社会的で社交的なのに、自分のことを驚くほどわかっていない人がいる」とありますが、「自分のことを驚くほどわかっていいない」状態が生まれるのはなぜかという問題です。この問題の選択肢は割と素直なので与しやすいです。イにあるように「自分自身に関しては興味を持てずに、まったく我が身をかえりみようとしない場合」については触れられていません。ウはまったく当てはまらないです。外的世界を理解することと、自分の内側を理解することは根本的に違うというのが著者の言いたいことです。エにあるように能力の問題としてとらえているわけではありません。意識が他者に向いている間は内側には向かないと言っているのでアが正しいです。

問十は「逆説的だが孤独を恐れず集中していくことで孤独感は和らぐ」とありますがどういうことかという問題です。アには孤独であることを楽しめるようになる」とありますが、本文にそのようなことは書かれていません。ウには「自分にしかできないような独創的なやり方を追求していったほうが、かえって高い評価を得ることができて」とありますが、評価のことには触れられていません。イとエは同じようなことが書いてありますが、イには「自分が面白いと思うものに対して意識を集中する」とありますが、集中する対象が面白いものとは規定されていません。本文中の表現を忠実に捉えているのはエとなります。

問十一は筆記で答えさせる問題です。「そこには孤独がどうしても付きまとう」とありますが、「熟達の道」を進んでいくと、なぜ「孤独」が付きまとうのかと言う問題です。60字以上、80字以内で説明するよう求められています。書き出しを「集団の中で人間は」で初めて、「同調」と「オリジナル」という二つの言葉を使うように指定されています。

集団の中で人間は他者に同調することを避けられないが、熟達していく課程で夢中という状態に入るとオリジナルを追求せざるを得なくなり、他者との関わりを断つ孤独な時間が必要となるから。」(80字)

●選択肢の攻略法を身につける

 今回は問題を見ていないし、見られない方もいらっしゃることを前提にして解説しましたので、かなり分量が多くなってしまいました。

本校の国語の問題はかなり難しいです。記述解答を求める問題は少ないですが、大問2つに対して小問が11から12ありますので、スピードも重要です。選択肢問題の攻略が入試を制するポイントになります。しかも、素直な選択肢ばかりでなく、かなりひねったものや正答を装ったものまでありますので、なかなか一筋縄ではいきません。時間をかけて取り組めば、けっして答えがわからないということはないのですが、一つ一つ見ていくとかなり時間がかかってしまいます。

まずは、明らかに間違っているものを除外します。次に、残ったものの中から同じ問題の選択肢同士で共通する部分に注目します。そこで共通する部分が何で、違いがなにかを検証します。その上で出題文に沿っているものがどれで、外れているものがどれなのかを吟味します。

また、選択肢が用意されている問題では本文中の特定の文の意味や理由を問う問題が多いです。そういった問題の場合、該当する文の内容を出題文の中で言い換えているケースがあります。その言い換えている部分に近い内容の選択肢があったりします。先に正答に当たりをつけて、他の選択肢を疑いの目で見るという方法もあります。

本校を目指す方は当然、過去問や同じような難度、傾向の問題に取り組むことになるでしょう。その際に、効率的な選択肢の攻略法を意識して効率よく問題を解く技術を身につけましょう。

いろいろな発見があるはずです。